※体験談をもとにしております。
沖縄で「そばを食べに行こう」と言えば、だいたい沖縄そばです。
ざるそばでもなければ、かけそばでもありません。
休日のお昼。ミサキとタクヤは、昔ながらの食堂へ沖縄そばを食べに来ていました。
壁には手書きのメニュー。窓際にはシーサー。テーブルの上にはコーレーグースと紅しょうが。
観光客向けというより、近所の人がふらっと入るような食堂です。
ミサキは三枚肉そば。
タクヤはソーキそば。
注文を終えた二人は、料理を待ちながら何気ない話をしていました。
この時点では、まだ平和でした。

沖縄そばを待ちながら始まった名字の話
「そういえば、今度新しい担当の人が来るって」ミサキがさんぴん茶を飲みながら話し始めました。「へえ。どんな人?」「まだ会ったことないけど、知念さんっていう女の人」
その瞬間。スマートフォンを見ていたタクヤが顔を上げました。
「知念さん?南部の人?」
反応が早い。
ミサキは一瞬黙りました。
「なんで南部って分かるの?」
「いや、分かるというか。知念って聞いたら南部かなと思って」
「ふーん」
ミサキの返事が急に短くなりました。沖縄では、名字を聞いて地元を予想することがあります。
「その名字なら南部っぽいね」
「北部に親戚が多そう」
「同級生にも同じ名字がいた」
そんな会話が自然に始まることもあります。もちろん、名字だけで出身地が決まるわけではありません。あくまでもイメージです。
ところが恋人同士の場合、その反応の早さが別の疑惑を生むことがあります。

「知念さんの元カノでもいたの?」
ちょうどそのとき、沖縄そばが運ばれてきました。
湯気の立つスープ。
太めの麺。
照りのある三枚肉。
ミサキは紅しょうがを少しのせます。
タクヤはコーレーグースを手に取りました。
「ちょっと待って」
ミサキが止めます。
「入れすぎたら辛いよ」
「大丈夫。これくらい普通」
タクヤはドバドバと入れました。
沖縄そばを食べるとき、コーレーグースをどれくらい入れるか。
これも人によって意見が分かれます。
数滴だけ入れる人。
途中から味変する人。
最初から大量に入れる人。
タクヤは完全に三番目でした。
一口食べた直後、少しむせています。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「顔、赤いけど」
「そばが熱いだけ」
どう見てもコーレーグースです。
しかし、今のミサキには別の疑いがありました。
「ねえ」
「何?」
「知念さんの元カノでもいたの?」
タクヤの箸が止まりました。
今度は名字ではなく、元カノという言葉に反応しています。
「なんでそうなるわけ?」
「だって、知念って聞いた瞬間に南部って言ったでしょ」
「沖縄では普通じゃない?」
「知念さんにだけ詳しすぎない?」
「名字のイメージさ」
「本当に?」
「本当」
タクヤは慌てて両手を振りました。
しかし、否定すればするほど怪しく見えます。
沖縄そばのスープは優しい味なのに、二人の空気だけがどんどん濃くなっていきました。

「じゃあ、ほかの名字でも地元を予想できるの?」
ミサキが聞きました。
「できるよ。たぶん」
「たぶん?」
「名字を言ってみて」
なぜか沖縄そばを食べながら、名字当てクイズが始まりました。
「比嘉さん」
「沖縄中にいる」
「予想になってない」
「じゃあ、島袋さん」
「沖縄市とか、うるま市方面?」
「なんで?」
「イメージ」
「宮城さん」
「それも多すぎる」
「金城さん」
「もっと多い」
先ほどまで自信満々だったタクヤ。
よく聞く名字が続くと、急に答えがふわっとしています。
ミサキの疑いはさらに強くなりました。
「知念さんだけ、すぐ南部って言ったよね」
「だから親戚にいるんだって」
「今、初めて親戚って言ったよね」
「あっ」
余計に怪しくなりました。
その間にも沖縄そばは少しずつ伸びています。
ミサキは疑いながら食べる。
タクヤは説明しながら食べる。
食べているのか、取り調べをしているのか分かりません。

疑惑を解いたのは家族のグループLINE
そのとき、タクヤのスマートフォンに通知が入りました。
画面には家族のグループLINE。
送信者の名前は、
「知念のおじさん」
ミサキは画面を見ました。
「知念のおじさん?」
「母親側の親戚。南部に住んでいるわけさ」
「だから知念さんって聞いて、南部を思い出したの?」
「そう。最初からそれしか言ってない」
「親戚とは言ってなかったけど」
「聞かれなかったから」
「そこは先に言うところでしょ」
元カノではありませんでした。
親戚のおじさんでした。
ミサキはようやく安心します。
そして、少し冷め始めた沖縄そばを食べました。
「疑ってごめん」
「分かればいいよ」
タクヤはホッとした表情で、残ったスープを飲みます。
ここで黙っていれば、平和に終わりました。
しかし、タクヤは余計なことを言いました。
「ちなみに元カノは金城だったけど」
ミサキの箸が止まります。
「今、それ言う必要あった?」
「いや、知念じゃないよって意味で」
「どこの金城さん?」
「え?」
「南部?中部?北部?」
「そこ気になる?」
「気になるようにしたのは、そっちでしょ」
一度は解決した元カノ疑惑。
わずか数秒で第2ラウンドが始まりました。

沖縄では名字から会話が広がりやすい
沖縄には特徴的な名字が多くあります。
名字を聞いたことをきっかけに、
「どこの出身?」
「親戚に同じ名字がいる」
「もしかして、あの人の家族?」
と話が広がることもあります。
さらに話していくと、共通の知人が見つかることも珍しくありません。
初対面だったのに、
「あなたのおじさん、うちのお父さんの同級生かもしれない」
という展開になることも。
沖縄では人と人とのつながりが、名字から見えてくることがあります。
ただし、名字だけで出身地や親戚関係を決めつけることはできません。
あくまでも、会話を始めるきっかけとして楽しむものです。
沖縄そばを食べるときは余計なひと言に注意
名字の話から始まり、親戚の話になり、最後は元カノの話へ。
沖縄そばを食べに来ただけなのに、気づけば恋愛遍歴の確認まで始まっていました。
恋人に疑われたときは、できるだけ早く理由を説明しましょう。
「親戚に同じ名字の人がいる」
このひと言があれば、今回のすれ違いはすぐに終わっていたはずです。
そして疑いが晴れたあとに、元カノの名字を発表してはいけません。
たとえ沖縄そばが少し伸びていても、黙って食べるのが正解です。











